治療を続ける意味がわからなくなったとき、それは意志が弱いからではありません。効果を実感しにくい治療ほど、モチベーションが下がりやすいのは自然な反応であり、続け方を工夫すれば、モチベーションが低い日があっても治療を続けることはできます。まずこの結論を先にお伝えしたうえで、その理由と具体的な工夫を紹介します。
なぜ「続ける意味」が分からなくなるのか

難病や慢性疾患の治療は、風邪薬のように「飲んだらすぐ症状が消える」というものではないことがほとんどです。症状の波は相変わらずあるし、検査数値も劇的には変わらない。それなのに毎日薬を飲み、通院のたびに予定を調整し、副作用と付き合いながら生活を続ける——目に見える変化が少ないまま努力だけが積み重なっていく感覚は、多くの人が経験するものです。
心理学では、行動を続けるモチベーションは「その行動の結果がどれくらい実感できるか」に大きく左右されることが知られています。効果がすぐに見えるダイエットや筋トレでさえ挫折しやすいのですから、効果の実感が乏しい慢性疾患の治療で心が折れそうになるのは、むしろ当然の反応だと言えます。筆者は公的職業紹介機関で持病・障害のある方の就労相談を8年ほど担当してきましたが、「治療を続ける意味が分からなくなった」という言葉を、真面目に治療と向き合ってきた方ほど口にされる印象があります。これは治療への向き合い方が甘いのではなく、むしろ長く向き合ってきたからこそ生まれる自然な揺らぎだと感じています。
さらに、難病や慢性疾患の治療には「症状が良くなったかどうか」の実感だけでなく、「これ以上悪くならないための治療」という側面が含まれることも少なくありません。進行を抑える、再発の頻度を下げる、といった目的の治療は、そもそも「変化がないこと」自体が成果であるケースもあります。ところが人間の感覚は「良くなった」という分かりやすい変化には反応しやすい一方、「悪くならなかった」という変化のなさには反応しにくいものです。この構造そのものが、治療を続けるモチベーションを保ちにくくしている一因だと考えられます。まずはこの構造を知っておくだけでも、「効果を感じられない自分がおかしいのではないか」という自責感を少し手放せるのではないでしょうか。
続けた人のほうが、あとで楽だったという報告

「続ける意味」を考えるうえで、ひとつ参考になる研究を紹介します。多発性硬化症(MS)の患者さんを対象にした海外の研究(Burks J, Marshall TS, Ye X. "Adherence to disease-modifying therapies and its impact on relapse, health resource utilization, and costs among patients with multiple sclerosis." ClinicoEconomics and Outcomes Research. 2017;9:251-260. DOI: 10.2147/CEOR.S130334)では、治療を継続して受けていたグループは、継続していなかったグループに比べて、入院にかかる費用が58.5%少なかったことが報告されています。
ここで大切な注意点があります。この研究は多発性硬化症という特定の疾患を対象にしたものであり、難病・慢性疾患全般にそのままあてはまる数値ではありません。疾患によって治療の内容も、続けることの意味も異なります。ただ、「今は効果を実感できなくても、続けることが将来の負担を減らす可能性がある」という視点そのものは、多くの治療に共通するヒントとして知っておいて損はないはずです。数値を鵜呑みにするのではなく、「続けることには意味があるかもしれない」というひとつの手がかりとして受け取っていただければと思います。
続けるコツは「意志の強さ」に頼らないこと

モチベーションが下がる前提で治療を続けるには、どうすればいいのでしょうか。ヒントになるのが、心理学者ゴルヴィツァーが提唱した「実行意図(if-thenプランニング)」という考え方です(Gollwitzer, P. M. (1999). "Implementation intentions: Strong effects of simple plans." American Psychologist, 54(7), 493–503)。
これは「もし〇〇という状況になったら、△△する」というかたちで、あらかじめ行動をセットにして決めておく方法です。「やる気があるときにやろう」ではなく、「歯磨きのあとに薬を飲む」のように、すでに習慣になっている行動とセットにしてしまうことで、意志の力に頼らなくても行動を続けやすくなることが、複数の研究で示されています。
治療の場面でも、応用できる工夫はいくつかあります。
- 服薬:「朝ごはんを食べたら薬を飲む」など、既存の習慣とセットにしておく
- 通院:予定はカレンダーに入れっぱなしにして、当日は「行くかどうか」を考えなくていい状態にしておく
- 記録:「体調が悪い日は、無理に細かく書かず一言だけメモする」など、ハードルを下げたルールを先に決めておく
このように、あらかじめ「もしもの場合の行動」を決めておくことで、モチベーションが低い日でも治療のリズムを保ちやすくなります。ポイントは、どれも「今から頑張って新しい習慣を作る」のではなく、「すでにある習慣に乗っかる」形になっている点です。モチベーションが十分なときに新しいルールを頑張って作るのではなく、モチベーションが十分なうちに、モチベーションが下がった日でも回る仕組みを先回りして用意しておく、という順番が大切です。
揺れる日があっても、続け方は変えられる

もうひとつ、お伝えしたいことがあります。それは、モチベーションを常に高く保とうとしなくていい、ということです。「今日はどうしても続ける意味を感じられない」という日があっても、それ自体は治療をやめる理由にはなりません。むしろ、続けている人ほどそうした揺らぎを経験しています。
大切なのは、やる気が下がった日にも治療のリズムが崩れすぎない仕組みを、モチベーションがあるうちに作っておくことです。前述の「実行意図」の工夫はそのための土台になりますし、家族や医療者、あるいは服薬・体調管理を記録できるアプリのような外部のサポートに頼ることも、意志の力だけに頼らないための有効な手段です。揺れる日があっても、続け方は変えられます。
「おくすりとくらし」では、服薬記録や症状の記録を通じて、自分の治療の積み重ねを振り返れるようにすることを目指しています。やる気が揺れる日でも、記録が残っていることで「ここまで続けてきた」という事実に気づけることがあります。数値化された効果を約束するものではありませんが、続けてきた自分を確認できる小さな手がかりとして活用いただければと思います。
まとめ

治療を続ける意味が分からなくなる瞬間は、誰にでも訪れる自然な揺らぎです。多発性硬化症を対象にした研究では、治療を継続したグループの入院費用が少なかったという報告があり(疾患による違いがある点は要注意)、続けることには意味がある可能性があります。そのうえで、モチベーションに頼りすぎず「いつ・何を」を先に決めておく仕組みをつくることが、続けやすさにつながります。揺れる日があっても、続け方は変えられる——その前提で、自分に合う続け方を少しずつ整えてみてください。
この記事が気になった方へ
- 服薬や体調の記録を通じて「続けてきた自分」を確認したい方は、「おくすりとくらし」アプリの詳細をご覧ください
- ご家族や周囲の方に治療の背景を伝えたい場合は、この記事をシェアしていただくのもおすすめです
- 会社に治療との両立を理解してもらいたい方は、本人と企業のあいだに専門家が入って伴走する選択肢(からだとこころのはたらくコンサルティング)もあります。まずはこういう選択肢があることを知っておくだけでも、気持ちが軽くなることがあります
※ 本記事は一般的な情報提供であり、個別の医療助言・服薬変更の指示ではありません。体調や治療方針に不安があるときは、主治医・薬剤師など医療者にご相談ください。


