「困ったとき、人に頼るのが苦手」「体調が悪いことを、誰かに話すのがつらい」——そんな感覚に心当たりはありませんか。今日はその理由の手がかりになるかもしれない、心理学の「愛着理論」という考え方を紹介します。

結論を先に言うと、幼少期の養育環境は、心理学の「愛着理論」という枠組みで見ると、大人になってからの人間関係のパターンに影響を与えることがあります。ただし、それは「幼少期ですべてが決まる」という意味ではなく、今からの関わり方次第で人は変わっていける、という話でもあります。
心理学の「愛着理論」という視点

心理学には「愛着理論」という考え方があります。
> 出典:Bowlby, J. (1969). *Attachment and Loss: Vol. 1. Attachment.* New York: Basic Books.
愛着理論では、乳幼児期に主な養育者との間でつくられる関係性から、「内的作業モデル」と呼ばれる心のモデルが形成されるとされています。内的作業モデルは、大きく分けると次の3つのイメージから成り立ちます。
- 自分についてのイメージ(自分は価値がある存在かどうか)
- 他者についてのイメージ(人は信頼できる存在かどうか)
- 両者の関係についてのイメージ(困ったとき、人は助けてくれるかどうか)
そしてこの内的作業モデルは、その後の人生でも保持され、青年期・成人期の対人関係のパターン——たとえば人をどれくらい信頼できるか、困ったときに人に頼れるか、といったこと——にも影響を与えるとされています。幼少期の家庭環境の厳しさが、大人になってからの人間関係や自己肯定感に影響するかもしれない、という視点は、この愛着理論の枠組みで理解することができます。
「幼少期ですべてが決まる」わけではない

ここで、誤解してほしくないことがあります。愛着理論は「幼少期の環境ですべてが決まってしまう」という理論ではありません。
内的作業モデルは、幼少期に固定されて一生変わらないものではなく、その後の人生で出会う人間関係や経験によって、更新されていくものだと考えられています。具体的には、次のような経験が挙げられます。
- 安心して頼れる人との出会い
- 心理的な支え(カウンセリングや相談の場を含む)
- 自分に合った環境との出会い
筆者は看護師・公認心理師として、難病・慢性疾患やこころの病気を持つ方の相談を受ける中で、「今の環境や関わりが変わることで、本人の様子が少しずつ変化していく」場面を何度も見てきました。過去の環境がどうだったかに関わらず、今この瞬間からの関わり方・環境の選び方によって、人は変わっていくことができる、というのが現場で感じてきた実感です。
自分を振り返る3つの問い

愛着理論を知っておくことは、専門知識として頭に入れるだけでなく、自分自身を振り返る一つの手がかりにもなります。たとえば、次のような問いを自分に向けてみると、気づくことがあるかもしれません。
- 困ったとき、人に頼ることに抵抗を感じやすいか
- 体調や気持ちの変化を、誰かに話すことにハードルを感じるか
- 人との関係で「どうせ最後は離れていく」と先に構えてしまうことがあるか
これらに当てはまることがあったとしても、それは「性格の欠点」ではなく、これまでの人との関わりの積み重ねの中で自然に身についたパターンだと捉え直すことができます。パターンとして捉え直せると、「じゃあ、これからどう関わり方を変えていけるか」という前向きな問いに変えやすくなります。
難病・慢性疾患、こころの病気と共に生きる人にとっても、大切な視点
この視点は、難病や慢性疾患、こころの病気を抱えながら生活している方にとっても無関係ではありません。病気と付き合いながら生きていく中で、「なぜ自分はこんなに人に頼るのが苦手なんだろう」「なぜ体調が悪いことを人に話すのがつらいんだろう」と感じることがあるかもしれません。
そうした感覚の背景に、幼少期からの人との関わり方の積み重ねがあるかもしれない、と知っておくことは、自分を責めすぎずに済むきっかけになることがあります。同時に、「今からでも、頼れる関係や安心できる環境を少しずつ作っていける」という視点も持っておくと、日々の生活の中での人との関わり方が、少し楽になることがあるかもしれません。
通院先の医療者、職場の同僚や上司、家族、友人——今の自分の周りにいる人たちとの関わり方を、いきなり大きく変える必要はありません。「困ったときに、少しだけ頼ってみる」「体調のことを、信頼できる一人にだけ話してみる」といった小さな一歩の積み重ねが、内的作業モデルを少しずつ更新していくことにつながると考えられています。
まとめ
- 心理学の愛着理論(Bowlby, 1969)では、幼少期の養育環境がその後の人間関係のパターンに影響を与えうるとされている
- ただしそれは「幼少期で人生が決まる」という意味ではなく、今からの関わり方・環境次第で人は変わっていけることも同時に示している
- 内的作業モデルは、安心して頼れる人との出会いや心理的な支えによって、その後の人生でも更新されていく
- 難病・慢性疾患、こころの病気と共に生きる方にとっても、「人に頼るのが苦手」な背景を自分を責めずに捉え直す手がかりになりうる
著者について
安原奈那(やすはら なな)/makes momo
看護師・公認心理師。岡山県を拠点に、難病・慢性疾患やこころの病気を抱えながら働く方へのEAP(従業員支援プログラム)サービスを提供。約15年の臨床経験と、約8年の難病患者就職サポーターとしての相談員経験をもとに、医療と就労の橋渡しを専門とする。
参考文献
- Bowlby, J. (1969). *Attachment and Loss: Vol. 1. Attachment.* New York: Basic Books.
本コラムの情報は学術文献に基づいていますが、個別の状況については専門機関へご相談ください。

