難病の診断を受けたあと、「これからも働けるだろうか」という不安が頭を離れなくなる——そんな経験をした方は多いと思います。
「また迷惑をかけてしまう」「体調の波があるから、職場に申し訳ない」。そう感じて、一歩が踏み出せなくなる。でも、この「自分にはできないかもしれない」という気持ちは、あなたの能力の問題ではありません。
自己効力感(セルフ・エフィカシー)という心理的な状態が、深く関わっているのです。
自己効力感(セルフ・エフィカシー)とは?

自己効力感とは、「自分はある行動をうまくやり遂げられる」という信念のことです。カナダの心理学者アルバート・バンデューラ(Albert Bandura)が1977年に提唱しました(Bandura, A., 1977, *Psychological Review*, 84(2), 191–215)。
重要なのは、自己効力感は「実際にできるかどうか」とは別物だということです。同じ能力を持っていても、「自分にはできる」と思っている人と「自分にはできない」と思っている人では、行動の結果が大きく変わります。
難病・慢性疾患を持つ人に当てはめると、自己効力感が高い状態では「体調を管理しながら働けるかもしれない」と思えて、求人を調べる・相談窓口に行く・試しに動いてみるという行動につながります。一方、自己効力感が低い状態では「どうせ自分には無理だ」となり、動けない・諦める・孤立するという方向に向かいやすくなります。
能力は同じでも、この信念の差が行動を大きく左右するのです。
自己効力感を育てる4つの情報源
バンデューラは、自己効力感は4つの情報源から形成されると整理しています。
① 遂行経験——最も強力な情報源

「自分でやり遂げた」という体験が、最も強く自己効力感を高めます。
難病を持ちながらも「今日は通院と仕事を両立できた」「上司に体調のことを話せた」「服薬を1週間継続できた」——こうした小さな成功体験の積み重ねが、「自分にもできる」という信念を育てます。
逆に、失敗体験が続くと自己効力感は下がります。難病の診断後に仕事でつまずいた経験がある人は、この遂行経験が傷ついている状態です。だからこそ、最初のステップは「絶対に成功できる小さなこと」から始めることが大切です。
② 代理経験——「あの人もできた」

自分に似た状況の人が成功しているのを見ることで、「自分にもできるかもしれない」という気持ちが生まれます。
難病患者のコミュニティやSNSで「同じ疾患を持ちながら働いている人」の存在を知ることは、この代理経験になります。「あの人も難病があって、それでも働いている。じゃあ私にもできるかもしれない」という気づきが、行動のきっかけになることがあります。
③ 言語的説得——「あなたならできる」

周囲からの励ましや肯定的な言葉も、自己効力感に影響します。
ただし、バンデューラは「根拠のない励まし」には限界があるとも示しています。「大丈夫、できるよ」という言葉より、「先週の通院、ちゃんと報告してくれてよかった。次もその調子で」という具体的な肯定の方が効果的です。
医師・薬剤師・支援者・上司からの具体的なフィードバックが、難病を持つ人の自己効力感を支えます。
④ 生理的・感情的状態——体調が悪い日に決断しない

体調や気分の状態も、自己効力感に影響します。
体調が悪い日は「自分には無理だ」と感じやすく、体調が良い日は「やれそう」と思いやすい。難病を持つ人にとって、これは特に重要な視点です。
体調の悪い日に重要な決断をしたり、自分の将来を悲観したりするのは、自己効力感が一時的に低下しているタイミングです。「今日は体調が悪いから、判断は明日にしよう」という自己認識が、長期的な自己効力感を守ることにつながります。
今日からできる3つの実践

① 「今日できたこと」を1つだけ記録する
毎日「今日できたこと」を1つだけ書き留める習慣を持ちましょう。「薬を飲んだ」「30分歩いた」「担当医に副作用のことを話せた」——どんなに小さなことでも構いません。記録が積み重なると、「自分はこれだけやってきた」という証拠になります。
② 体調が良いときに次の行動を決める
「次の通院で先生にこれを聞く」「来週、職場の上司にこの件を話す」——体調が良いときに具体的な行動計画を立てておくと、体調が悪い日でも「あのとき決めたことをやるだけ」と動きやすくなります。
③ 同じ立場の人とつながる
難病患者団体・患者コミュニティ・SNSで、同じ疾患を持ちながら働いている人の存在を探してみてください。代理経験は、ひとりで抱え込まないための大切な情報源です。
まとめ
「難病があるから働けない」という思い込みは、能力の問題ではなく、自己効力感が傷ついているサインである場合が多いです。
バンデューラの理論が示すように、自己効力感は生まれつき決まっているものではなく、経験・出会い・環境によって育てられるものです。
小さな成功体験を積み重ね、同じ立場の人の姿から学び、信頼できる人のフィードバックを受け取る。その積み重ねが、「自分にもできる」という実感につながっていきます。
「自分にはできない」と感じている今のあなたは、弱いのではありません。自己効力感を育てる途中にいるだけです。
著者について
安原奈那(やすはら なな)/makes momo
看護師・公認心理師。岡山県を拠点に、難病・慢性疾患を抱えながら働く方へのEAP(従業員支援プログラム)サービスを提供。約15年の臨床経験と、約8年の難病患者就職サポーターとしての相談員経験をもとに、医療と就労の橋渡しを専門とする。
参考文献
- Bandura, A. (1977). Self-efficacy: Toward a unifying theory of behavioral change. *Psychological Review*, 84(2), 191–215.
- Bandura, A. (1986). *Social Foundations of Thought and Action: A Social Cognitive Theory*. Prentice-Hall.
本コラムの情報は学術文献に基づいていますが、個別の状況については専門機関へご相談ください。

