時短勤務、在宅勤務、業務量の調整。できる配慮はひととおり整えた。それなのに、本人の様子がいまいち変わらない――そう感じたことはないでしょうか。結論から言うと、それは配慮が足りていないのではなく、「制度を整えること」と「本人が前向きに仕事に向き合えているかどうか」を、同じ一つの軸で見てしまっていることが原因かもしれません。
「ちゃんと配慮してるつもりなのに」という違和感
人事担当者の方から、こんな相談をよく受けます。
- 時短勤務や業務量の調整はすでに導入した。それでも社員の表情が晴れない
- 本人から不満は聞かない。かといって、意欲的になったという実感もない
- 「これ以上、何をすればいいのか分からない」という手詰まり感がある
これらに共通するのは、制度という「環境側」の対応はやりきったのに、本人の内面の変化までは見えていない、という点です。担当者の努力や誠実さが足りないわけではありません。むしろ、まじめに配慮を積み重ねてきた担当者ほど、この壁にぶつかりやすいというのが実情です。
「前向きさ」は3つの要素で捉えられる、という考え方

心理学の分野では、仕事への向き合い方を「活力(vigor)」「熱意(dedication)」「没頭(absorption)」という3つの要素からなる、持続的でポジティブな心理状態として捉える考え方があります。これは「ワークエンゲージメント」と呼ばれる概念で、オランダの研究者であるSchaufeli、Bakker、Salanovaらが2006年に発表した尺度研究で整理されたものです(Schaufeli, W. B., Bakker, A. B., & Salanova, M. (2006). "The Measurement of Work Engagement With a Short Questionnaire." Educational and Psychological Measurement, 66(4), 701–716)。
- 活力:仕事をしているときに、心身のエネルギーが湧いている感覚
- 熱意:仕事に誇りややりがいを感じ、意義を見出している感覚
- 没頭:仕事に集中し、時間を忘れるほど取り組めている感覚
この3つがそろった状態が、いわゆる「前向きに仕事と向き合えている」状態だとされています。ここで押さえておきたいのは、特定の生産性向上率や離職率の改善幅といった数値が確立しているわけではなく、あくまで「仕事への向き合い方を捉える枠組み」としての紹介にとどまる、という点です。断定的な効果を示すものとしてではなく、状態を言語化するための物差しとして知っておくとよいものです。
制度と「前向きさ」は、別の軸で見る
ここが今回いちばんお伝えしたいポイントです。時短勤務や在宅勤務、業務量の調整といった制度は、働き続けるための「土台」を整えるものです。一方で、本人が実際にこの活力・熱意・没頭の状態にあるかどうかは、制度が整っているかどうかとは別の軸で動いています。
制度を整えれば自動的に前向きさがついてくる、という単純な関係ではありません。土台が整っていても、本人が孤立感を抱えていたり、仕事の意義を見失っていたりすれば、前向きさは育ちにくいままです。逆に言えば、制度面でまだ整っていない部分があっても、本人との対話の積み重ねによって、前向きさの土台をつくっていくことはできます。
「制度は整えた。だからあとは本人次第」と切り離してしまうと、せっかくの配慮が本人に届いているかどうかを確認する機会を失ってしまいます。
この違いを見過ごすとどうなるか
制度と本人の前向きさの違いに気づかないまま時間が経つと、担当者の側にも「これだけ配慮しているのに、なぜ変わらないのか」という徒労感が積み重なっていきます。本人の側も、必要な配慮は受けられているはずなのに、なぜか意欲が湧かないという状態が続けば、次第に「相談しても仕方がない」と感じ、対話そのものを避けるようになりかねません。
この状態がそのまま続けば、いずれ本人が静かに退職を考え始めたり、周囲との関わりを減らしていったりする可能性も否定できません。ただし、これは断定できる因果関係というより、あくまで一般的に考えられる懸念の一つとして捉えてください。大切なのは、そうなってから慌てて対応するのではなく、日頃の「最近どう?」という一言の積み重ねで、早めに違和感をすくい上げておくことです。
知る出発点は、シンプルに「最近どう?」
では、本人が今どんな状態にあるかを知るには、どうすればよいのでしょうか。特別な調査票やチェックリストを用意する前に、まず出発点になるのは、シンプルな問いかけです。
「最近どう?」
大がかりな制度や面談の枠組みを新設しなくても、日常的な声かけの中でこの一言を挟むだけで、本人の状態を知る手がかりが得られます。ポイントは、業務の進捗確認と本人の状態確認を、意識して分けて聞くことです。「仕事は順調?」ではなく、「働いていて、どんな感じ?」というように、本人の内面に焦点を当てた聞き方に変えるだけでも、返ってくる答えの質が変わってきます。
聞き方の工夫として、次の3つを意識しておくとよいでしょう。
- 業務の進捗と、本人の状態を分けて聞く:内面に焦点を当てた聞き方に変える
- すぐに解決策を提示しようとしない:まずは状態を聞くことが目的であり、その場で結論を出す必要はありません
- 定期的に、同じ問いを繰り返す:一度聞いて終わりにせず、継続的に聞くことで、本人の状態の変化に気づきやすくなります
こうした聞き方の工夫は、特別な研修を受けなくても、明日からの声かけの中で少しずつ取り入れられるものです。
どんな企業に向いているか
- 配慮制度は整えたのに、次に何をすればいいか分からない企業の場合:制度と本人の状態を分けて捉え直すところから、次の一手を一緒に整理できます
- 人事担当者が「これ以上何をすればいいか」と手詰まりを感じている場合:本人への聞き方を変えるだけでも突破口になり得ることを、実務レベルで確認できます
- すでに何らかの面談の仕組みがある企業でも:業務確認と状態確認が混在していないか、聞き方を見直す機会になります
まとめ
制度を整えたのに社員の様子が変わらないと感じるとき、多くの場合、それは配慮の量が足りないのではなく、「制度」と「本人の前向きさ」という性質の異なる2つのものを、同じ軸で見てしまっていることが原因です。仕事への向き合い方は「活力・熱意・没頭」という3つの要素で捉えられるという考え方を知っておき、制度の見直しだけで止まらず、「最近どう?」という一言から本人の状態を知るところまで意識を広げてみてください。
「からだとこころのはたらくコンサルティング」について詳しく知りたい方は、https://www.makesmomo.com/services/health-consulting をご覧ください。制度と本人の状態のあいだにあるギャップの整理は、リール動画でも短くまとめています。まずは今の状況を話すところから始めたい方も、プロフィールリンクからご相談ください。
(※本記事で紹介したワークエンゲージメントの考え方は、仕事への向き合い方を捉える概念的な枠組みの紹介にとどめています。特定の生産性向上率・離職率改善幅などの数値は、本研究の主眼ではないため使用していません)



