「頑張れば克服できる」。体調が波打つ日にこの言葉が飛ぶと、続きにくさの原因が自分の努力不足に見えてしまいます。結論から言うと、働きにくさは本人の心身の機能「だけ」で決まるとは限りません。内閣府の令和5年版障害者白書は、日常生活や社会生活で受ける制限が、心身の機能の障害のみに起因するのではなく、社会における様々な障壁と相対することによって生じる、という考え方を障害の「社会モデル」として紹介しています。対になる「医学モデル」は、障害を個人の心身の機能の障害によるものとする見方です。この記事では、頑張れば克服できる/本人のせいだけではない/人ではなく環境/一緒につくる、という四つの問いに沿って、法律の言葉、白書の対比、職場で何を同じ机に載せるか、相談の入口までを本人向けに整理します。
「頑張れば」が刺さるのは、努力が足りない証拠ではない

難病や慢性疾患があると、通院、疲れやすさ、立ちっぱなし、通勤の長さが重なります。周囲が善意で「気合い」を勧めることもあれば、自分で自分に同じ言葉をかけることもあります。筆者は看護師・公認心理師として臨床に関わり、公的職業紹介機関では持病や障害のある方の就職支援を担当してきました。その現場感覚では、続きにくさを本人の性格や根性の問題に落とすと、相談が止まりやすいです。止まったあとに残るのは、遅刻や欠勤として外から見える結果だけで、原因の話が職場に届きません。
ここで扱うのは問いです。「克服できる」と言い切る記事ではありません。薬が効くかどうか、症状がどう推移するかは医療の領域で、本記事では扱いません。仕事の設計や周囲の前提が、本人の状態と噛み合っているかどうかです。
法律は、障壁を『事物・制度・慣行・観念』まで広げて定義している

障害者差別解消法(障害を理由とする差別の解消の推進に関する法律)第二条第二号は、「社会的障壁」を、障害がある者にとって日常生活又は社会生活を営む上で障壁となるような社会における事物、制度、慣行、観念その他一切のものと定義しています(内閣府掲載の条文)。建物の段差だけでなく、休憩の取りにくさ、申し出しにくい空気、「普通はこう働く」という観念も、障壁になり得ます。第一条は、障害の有無によって分け隔てられることなく、相互に人格と個性を尊重し合いながら共生する社会の実現に資することを目的としています。
「障害は本人の中にない」と法律が断定している、という言い方はしません。第二条第一号は、障害者を、心身の機能の障害がある者であって、障害及び社会的障壁により継続的に日常生活又は社会生活に相当な制限を受ける状態にあるもの、と定義しています。機能の話と、障壁の話が両方入っています。「人ではなく環境」は、環境側を見落とさないための短い言葉です。医療を捨てる、という意味ではありません。
白書の社会モデルは、手帳の有無で線を引かない
令和5年版障害者白書は、障害者差別解消法の対象にいわゆる障害の社会モデルの考え方が踏まえられている、と説明しています。対象はいわゆる障害者手帳の所持者に限られず、難病等に起因する障害を含む。該当性は当該者の状況等に応じて個別に判断される、とされています。自分に当てはまるかどうかは、この記事では断定しません。主治医、就労支援の窓口、必要なら弁護士・社労士など、個別の相談先で確認してください。
同白書は、社会モデルを障害者権利条約の理念を踏まえたものとして紹介し、医学モデルとの対比も書いています。医学モデルを「古いから捨てる」と書くと、治療や診断の意味まで否定してしまいます。筆者の立場では、医療は医療、職場の段差や勤務の設計は職場、と役割を分けた方が話しやすいです。症状の説明を人事に丸投げしないことと、段差の話を本人の努力に丸投げしないことは、同時に成り立ちます。
階段のたとえ:鍛える話と、スロープを足す話は別の机

考え方の図として、階段の前で止まる人と、スロープがある人の対比を置きます。特定の個人の写真ではありません。仮の状況として、立ち仕事や長時間通勤が負担になりやすいAさんを置きます。これは実在の患者の話ではありません。
「体力がないから仕方ない」だけだと、Aさんは自分が頑張るしかない、となりやすいです。「休憩を取りやすい勤務」や「座って進められる業務」が足りない、という環境の話を同じ机に載せると、相談の宛先が本人の内側から、職場の設計に移ります。どちらが正しいかを決める記事ではありません。両方を言語化しないと、調整案が完成しない、という実務の話です。
職場調整と隣接するのが、障害者雇用促進法に基づく合理的配慮です。募集・採用時の義務の起点は申出です。対象は手帳所持者に限定されません。確認方法として、難病医療受給者証の提示等が厚生労働省のQ&Aに示されています。過重な負担の判断、どの措置が妥当かは事案により、本記事では一般論以上に踏み込みません。詳細は厚労省Q&A・指針で確認してください。
環境側に出せるお願いの例(全部を一度に出さなくてよい)
本人向けに、紙に書いてよい項目の例です。診断名を職場に渡す話ではありません。渡す範囲は本人同意が前提です。
- 続きにくい作業(立ちっぱなし、重い物、強い光、長時間の会議など)
- 続きやすい時間帯と、休憩が欲しくなりやすい時間帯
- 通院や検査が入りやすい曜日
- 通勤の負担(時間帯・乗り換え)
- チームで代替しにくい核の業務と、後回しにできる業務
- 次に見直す日付と、呼び出す相手(上司か人事か)
空欄が見えるメモのほうが、後からの見直しに耐えます。健康情報の取扱いは機微です。詳細は厚労省の両立支援ガイドラインや個人情報保護の留意事項に沿い、この記事では一般論にとどめます。
一人で抱え込みやすい人/すでに申出している人
- 自分を責めやすい方:「頑張れば」を自分への命令にしない。社会的障壁という言葉を、自責を止めるための名前として使ってよい
- 会社に何を言えばよいか分からない方:診断名より先に、続きにくい作業と続きやすい作業を書く。宛先が空欄なら、人事の職名だけでもメモする
- すでに申出したが進まない方:一度の決定で終わらせない。症状の波がある前提で、見直し日を先に置く。合理的配慮の個別判断は公式・専門家へ戻す
- 家族として隣にいる方:本人の努力不足の話に回収しない。障壁の話を一緒に書き出す係になれる
健康の話と査定の話を同じ椅子に載せると、本人は言えなくなります。短い確認の場は、評価面談と分けた方が話しやすい、というのが筆者の現場感覚です。身近な相談先の一つに、障害者就業・生活支援センター(通称:なかぽつ)があります。就業と生活の相談を一体で行う機関として全国に置かれています。対象になるか、どのセンターが近いかは個別確認です。
「からだとこころのはたらく伴走」という選択肢

makes momo では、「からだとこころのはたらく伴走」として、体調と仕事のあいだで一人で抱え込まない相談を想定しています。看護師・公認心理師の臨床と、公的職業紹介機関での就職支援の経験を使います。サービスは始まったばかりで、導入実績としてお出しできる事例はまだありません。今すぐ契約する話ではなく、自責と環境の話を分けてみる、という入口からで構いません。詳しくは https://hataraku.makesmomo.com/ をご覧ください。
まとめ
「頑張れば克服できる」が重いのは、努力が足りない証拠だけではありません。障害者差別解消法は社会的障壁を事物・制度・慣行・観念まで広げて定義し、令和5年版障害者白書は社会モデルを、制限が心身機能のみに起因するのではない考え方として紹介しています。医学モデルとの対比は白書にありますが、治療を捨てる話ではありません。仮のAさんのように、本人の状態と職場の設計を同じ机に載せると、相談の方向が変わります。合理的配慮の細部は公式に戻してください。
差別解消法の個別該当、合理的配慮の当否・過重な負担、健康情報の取扱いは一般論です。内閣府の条文・白書、厚労省Q&A・指針、所轄窓口で確認してください。
※ 本記事は一般的な情報提供であり、個別の医療助言・診断・治療方針の変更を示すものではありません。体調に不安があるときは、主治医など医療者にご相談ください。



