「助けて」と言えない人がいる。
昨日は、大型犬のお散歩ボランティアのお手伝いをしてきました。命と向き合うボランティア団体に携わり続ける友人の話を聞いて、しばらく言葉が出ませんでした。たまらない気持ちになった、というのが正直なところです。
「助けて」と言えない人がいる。そして、「人の言葉が話せない」動物たち。
そこで改めて向き合ったのが、「多頭飼育崩壊」という言葉です。
結論を先に書きます。多頭飼育崩壊は、動物の数が増えすぎたという問題である前に、人が一人で抱え込んだ結果として起こり得る問題でもあります。環境省のガイドラインもそう整理しており、だから「人の問題」と「動物の問題」を分けず、福祉と動物愛護管理が連携して対応することが重要だとしています。
この記事では、公的資料と研究で確認できる範囲だけを、順に整理します。
多頭飼育崩壊は、頭数ではなく「世話をしきれなくなった状態」の問題
多頭飼育崩壊とは、飼い主さんが世話をしきれないほど動物が増えてしまい、動物の飼育環境や飼い主さん自身の生活が立ち行かなくなる状態を指して使われる言葉です。
ここで大切なのは、「何匹から崩壊なのか」という数の問題ではない、という点です。海外の研究では、この現象は「アニマルホーディング(動物の過剰な蓄積)」という名前で扱われています。1999年に米国の獣医学者パトロネク氏が、これを「見過ごされやすい公衆衛生上の課題」として論じました(Patronek, 1999)。
問題の核は、頭数そのものではなく、適切な世話を提供できなくなっていること。そこには、飼い主さんの暮らしの状況が深く関わってきます。
環境省が背景に挙げるのは「経済的困窮」と「社会的孤立」

では、なぜ世話をしきれなくなるのか。環境省が2021年3月に公表した「人、動物、地域に向き合う多頭飼育対策ガイドライン」は、多頭飼育問題の背景に「飼い主の経済的困窮や社会的孤立による生活困窮等の問題」があることを挙げています。
さらに同ガイドラインは、次の2点を理由に、これを「人の問題」と「動物の問題」に分けて捉えるのではなく、関係者が連携して対応することが重要だとしています。
- 社会福祉的な支援を必要とする飼い主が多いこと
- 再発のリスクが高いこと
動物を保護して問題が解決したように見えても、飼い主さんを取り巻く困窮や孤立が変わらなければ、同じことが繰り返されるおそれがある。だから、動物愛護管理の担当と社会福祉の担当が、同じ方向を向いて動く必要がある、という考え方です。
保護の現場に携わり続けている友人が向き合っているものも、おそらく同じ構図の中にあるのだと思います。動物の命を守ることと、人の暮らしを支えることは、切り離せません。
「分けずに連携する」とは、動物を保護して終わりにしない、ということ
ガイドラインの考え方を、筆者なりにかみ砕くと、次のようになります。
動物の保護は、動物の命を守るために欠かせません。ただ、それだけで終わりにすると、飼い主さんの暮らしを支える手立てが残らず、同じことが繰り返されるおそれがあります。だから、動物愛護管理の担当と、社会福祉の担当が情報を持ち寄り、人の暮らしの側にも支援を届ける。その入口を、複数の窓口で一緒につくっていく。
「連携」という言葉は少し固く聞こえますが、要するに、一人の人を、動物の面からも暮らしの面からも見る、ということです。
アメリカの調査では、54事例のうち約半数が単身世帯だった
研究の側からも見ておきます。パトロネク氏の1999年の論文が分析したのは、全米10か所の動物管理機関や動物愛護団体から集めた54の事例です。報告されている主な点は次のとおりです。
- 約半数が単身世帯だった
- 女性が76パーセント、60歳以上が46パーセントだった
- 動物の過剰な飼育は、本人の精神面や認知面の問題の「警告サイン」となり得る。必要なのは、深刻に評価して早期に介入すること
ここで気をつけたいのは、この54事例は、動物管理機関などに寄せられたケースを集めた「便宜的なサンプル」であり、すべての多頭飼育問題に当てはまる統計ではない、という点です。「多くの人が一人暮らしだ」と言い切ることはできません。この研究から言えるのは、単身で暮らす人の割合が高いケースが報告されており、周囲が異変に気づきにくい状況にあることがうかがえる、というところまでです。
この記事で言えること、言えないこと
ここまでの内容を、あらためて整理しておきます。
言えること
- 環境省のガイドラインは、背景に経済的困窮や社会的孤立による生活困窮等があること、福祉的な支援を必要とする飼い主が多いことを示している
- 海外の古い調査(54事例)では、約半数が単身世帯で、動物の過剰な飼育は本人の心身の問題のサインとなり得るとされている
言えないこと
- すべての多頭飼育崩壊が、困窮や孤立によって起きているわけではない
- 一人暮らしの人が動物を多く飼うと崩壊に至りやすい、という意味ではない
- 特定の個人や団体の事情を、この記事から推し量ることはできない
数字や研究は、誰かを分類したり、決めつけたりするためではなく、「支援が届く入口を考える」ために使いたいと考えています。
責める前に、背景を知る。「助けを求める」には勇気と相手と時間がいる

ここまでの資料を並べて見えてくるのは、次のような構図です。
困窮や孤立の中で、世話の手が回らなくなる。周囲に相談できる相手がいない。気づいたときには、動物の数も、問題の大きさも、一人では手に負えなくなっている。
筆者は、訪問看護の時代にも、病気や障害のある方の就職を支える今の仕事の中でも、「困っていると言い出せない」場面に何度も向き合ってきました。助けを求めるには、勇気も、信頼できる相手も、時間も必要です。相談先を知らない、迷惑をかけたくない、責められるかもしれない。そうした気持ちが重なると、人は声を上げにくくなります。
多頭飼育の問題も、その一つの形なのではないか、というのが筆者の受け止めです。もちろん、事情は一人ひとり違います。ただ、「責める」前に「背景を知る」ことが、支援の入口になるのではないかと思います。
もし身近な人が、「大丈夫」と言いながら、実は困りごとを抱えていたとしたら。私たちは、その言葉の裏にある背景を、どれだけ想像できているでしょうか。動物の話に限らず、助けを求める声は、小さく、遠回しに出てくることが少なくありません。
私たちにできる、小さな3つのこと
動物を飼っていない人や、保護活動に関わっていない人にも、できることはあります。大きなことでなくて構いません。
- 知る:多頭飼育崩壊が、動物の問題であると同時に、人の暮らしの問題でもあることを知る
- 責めない:問題が表に出たとき、飼い主さんを一方的に責める前に、背景に困窮や孤立があり得ることを思い出す
- つなぐ:身近な地域で気がかりなことがあれば、自治体の相談窓口(動物愛護管理の担当部署や福祉の担当部署など)に相談する。窓口の名称や担当課は自治体によって異なるため、お住まいの自治体の案内で確認してください
まとめ
- 多頭飼育崩壊の核は、頭数ではなく「適切に世話をしきれなくなった状態」にある
- 環境省は、背景に経済的困窮や社会的孤立による生活困窮等があるとし、福祉と動物愛護管理の連携が重要だとしている
- 米国の54事例の調査では約半数が単身世帯だった。ただし限定的なサンプルで、一般化はできない
- 責める前に、背景を知る。それが、支援が届く入口になる
今回の記事は、友人の話を聞いた体験から出発しましたが、書いたのは公的資料と研究で確認できる範囲に限っています。個々の事情や現場の細部は、ここでは扱っていません。それでも、一つの問題を「人」と「動物」の両方から見ることで、見えてくるものがあると感じています。
命と向き合うボランティア団体に携わり続ける友人を、誇りに思います。保護の現場で、動物の命を守りながら、助けを求めにくい人にも向き合っておられる方々がいます。その現場の重みを、一人でも多くの方が少しだけ想像できたなら、それは「命について考えるきっかけ」の、小さな始まりになるのではないでしょうか。
※ 参考:環境省「人、動物、地域に向き合う多頭飼育対策ガイドライン~社会福祉と動物愛護管理の多機関連携に向けて~」(2021年3月)/Patronek, G. J. (1999). Hoarding of animals: an under-recognized public health problem in a difficult-to-study population. Public Health Reports, 114(1), 81-87.



